ひやまの「断捨離で自分を好きになる!」

「自分を大切にするってどうやるの?」自己肯定感が低いことに悩み続けてきた私が断捨離を始めた結果、少しずつ自分を大切にできるようになった話と、そのほかいろいろ語ります。

死にかけた時に考えたことを原動力に、断捨離をする。

こんばんは、ひやまです。

金曜日の夜という一週間で最も至福な時間を謳歌しています。

とはいえ、明日も仕事ですが。トホホ…。

 

さて、今回は…

死にかけた時に考えたことを原動力に、断捨離をする。

というタイトルを付けておりますが…

私、死にかけたことがございます(笑)

いえいえ、笑いごとではないんですけれども。

しかし、

その経験があったからこそ、「断捨離」を進めることが

できているのだな、と感じることがあります。

一体どういう関係が?と思われるかもしれませんが、

今回はそのことを少しお話します。

 

 

 

死にかけた時、というのは交通事故です。

その日は雨でした。高校二年生の時、自転車で通学していると、

車がウインカーを付けずに曲がってきました。

そこで、正面から衝突!自転車がボコボコになり、

私もずっこけましたが、頭を打たなかったおかげで、今生きています。

この経験が初となる交通事故だったのですが、私はこの時

「あぁ。死ぬ」

と思いましたが、同時にこんな不安が頭をよぎりました。

 

「やばい。交換日記とか手紙とか、

見られたら困る!整理したい!」

 

これが私の、窮地に立った時のリアルな願いでした…(笑)

 

この願いというか、考えが、直接「断捨離」をする

キッカケとなったわけではないのですが、

「断捨離」を行ううえで、このことを思い出すことがあります。

例えば、見られて困るようなモノを処分しました。

18禁の漫画とかね。名残惜しくはあったのですが、

もし明日死ぬかもしれないとなったときに、

処分しなかったことを後悔するのは嫌だったので…。

 

人間、いつ死ぬかはわかりません。

「いつ死んでも後悔のないように生きようぜ」

という風潮があると思いますが、生き方としてはもちろんのこと、

所有品についても同様のことが言えると思います。

「いつ死んでも困らないように(恥ずかしくないよう)整理しようぜ」

と、私は主張したいです!

 

死んだ後のことなんてわからないです。

エロ本が見つかろうと、恥ずかしの日記が見つかろうと、

死んだ後なら、それすら知らないだろうし、

「恥ずかしい」という感情もないかもしれません。

ですが、私は

マジで死にかけたあの時の願いをちゃんと叶えてあげたい!

という意思も持ちながら「断捨離」をしています。

 

私は現在20代前半ですが、「身辺整理」も意識しています。

もちろん、そう呼ぶにはまだまだモノが多いですが。

やっぱり、死ぬ直前に何かしらの不安を持つのは嫌です。

「もう置き忘れたモノはないぞ!」と思えるくらい、

必要最低限を追求していきたいです。

それを言ってしまうと、普段私が主張している

マイペースに断捨離しよう」

とは矛盾してしまいますが…。

まぁ、日々精進くらいのペースでやっていけたらいいと思います。

 

それでは、今日はこのあたりで♪

 

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